2017 / 06
≪ 2017 / 05 - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 - 2017 / 07 ≫

2016年 3月4日



昨日は今は亡き音大時代の恩師のお宅にお詣りに伺いました。



昨年暮れに癌で天国に行かれました。


発表会直前でしたので
ご葬儀には伺えなかったので
きちんとお別れに伺いたいとずっと思っていました。


恩師のお姉さまも
国立音大の先生をされていて
その関係で
友人の本間桃子さんも
ご一緒して下さいました。



恩師には大学卒業後
何回かレッスンしていただきましたが
平成25年の10月から約1年間は隔週で
レッスンに通わせて頂いていました。

そのレッスンについては
ブログにも毎回書かせていただいていましたが
なぜレッスンを続けられなかったかについては
触れていませんでした。



それは
レッスンがお厳しくて
私がそれについていけなくなってしまったからでした。


自分のダメな部分ばかりの事で
頭がいっぱいで
ピアノを弾くのが辛くなってしまい
自分をそこから解放しないと
ピアノが弾けなくなってしまうと
考えたからでした。



私がレッスンに通い始める少し前に
恩師は発病されたされたようでした。

手術できる状態ではなかったので
抗がん治療をされていたようです。


恩師の持っていらっしゃる時間には限りがあった・・・・。


その中で私に出来る限りのことを
教えてくださろうとなさって
レッスンはとてもお厳しかったのだと思います。


1回のレッスンが3時間近いことも
良くありました。


こうなって見ると
今になって腑に落ちる事が
沢山あります。


教室の発表会前も
講師演奏の曲ではなく
自分の勉強の曲を止めてはいけないと
仰ったのは恩師に時間がなかったから・・・・・


レッスン中、時々席を外されたのは
ご体調が悪かったから・・・・。


レッスンの前日に確認の電話を入れるように
言われていたのは
ご体調の急変を心配されていたから・・・・。



レッスン記録を書いていたノートを見ると
お厳しいお言葉が沢山書かれていますが
そんな中でも

今日はとてもお優しくとても褒められる・・・

悪いところばかりじゃないぞ。良くなった所もあるぞ。
と仰られてとても嬉しい・・・・。

なんて書かれていた日もありました。



一昨年4月に記事を掲載させて頂いた
ムジカノーヴァをお持ちした時は
とても喜んで下さり
その時から私が最後のレッスンに伺った時までずっと
そのムジカノーヴァをレッスン室のテーブルの上に
置いて下さっていました。



こちらからレッスンに伺えないことを
お手紙でお伝えして
終わりになってしまったので
お詣りに伺ってよいものかも
迷いましたが
恩師のお姉さまにお手紙をお出ししたら
お電話を下さり
30分もお話させて頂きました。


弟はあなたに一生懸命に
お教えしたのだと思います。
でも何かを急いで
強い言い方をしすぎたって反省していたかも
知れません。
なのでご自分を責めないでね。


とまで仰って下さいました。


とても温かいお言葉に
心からホッとしました。


そして昨日お伺いする
お約束をさせて頂いたのです。



桃子さんとご一緒に伺い
2時間ほどお喋りさせて頂きました。


恩師のお骨は懐かしいレッスン室に安置されていて
いろいろな事を思い出しました。


あっという間の2時間・・・・

恩師が全日本学生音楽コンクール高校の部で
1位になられた時のエピソードや
他にもいろいろお聞きしたかったのですが
お姉さまの素晴らしい人間性に触れて
心につかえていたものが
すーっと消えていったように思いました。



先生、さようなら。
お世話になりました。
今は素晴らしい多喜先生のもとで
楽しく正しく学ばせていただいています。
天国で「君にしてはまあまあだな・・・」
って思っていただけるように頑張ります。



今回のことでとてもとてもお世話になった
桃子さんとランチしながら
ゆっくりおしゃべりタイムでした。






おくむらピアノ教室ホームページはこちらからご覧下さい。
ブログをお読み戴きありがとうございました。
ブログランキングに参加しています。
応援して頂けたらとてもとても嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 下の(ピアノ教室)を押して下さい
にほんブログ村 クラシックブログ ピアノ教室・ピアノ講師へ
にほんブログ村
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ 上の(ピアノ教室)を押して下さい
スポンサーサイト

2013年 3月14日

前回の記事の続きです。

大学を卒業して直ぐに中学の教員になり、
とてもとても自分の勉強が出来るような状況ではない中、
月日が過ぎて行きました。


教員を辞めると同時に勉強しなおそうと考えて
恩師のレッスンに通うようになりました。

恩師の門下の音大生と一緒に演奏会にも出させて頂きました。
真っ赤なドレスに身を包み・・・・・。


その後、結婚すると直ぐに息子が誕生し、子育てに全力投球。
しばらくはレッスンを中断させて頂いていました。


そして、息子が3歳になったのを機に教室を始めたので、
発表会の講師演奏の曲などをレッスンして戴いたりしていました。

音大生の頃の立場とは少し違う雰囲気のレッスンを
楽しんでいました。


ところが

ある日、その状況は一変しました。

息子のヴァイオリンの先生に伴奏を頼まれて
クロイツェルソナタを持って行った時、
未だ譜読み程度だったため、恩師の怒りに
遭遇してしまいました。

とても後味の悪いレッスンとなってしまいました。


その少しあとだったでしょうか
音楽の道に進めそうな生徒さんをレッスンにお連れしました。

その時の様子はこちらです。

母校の音大の恩師が太鼓判を押してくれた・・・・・。

Nちゃんのレッスン後、母校の恩師に戴いた・・・・・。


才能ある生徒さんとのレッスンはとても楽しそうな恩師でした。


この時を最後に恩師にお会いしていません。

あの後味の悪いレッスンがトラウマになり、
自分で納得できるレベルまで弾けていないと
レッスンに伺えなくなってしまっているのでしょう。

それでも年賀状には毎回、
今年こそレッスンにお伺いさせて戴きたいと思っています。
と書かせて頂いています。


そのままの状態で長い年月が流れてしまいました。



今、私は友人の紹介でとても信頼できる先生に師事しています。
師匠と呼ばせて頂いています。

この師匠の元でしっかりと精進して、いつか恩師
演奏を聞いていただきたいなと思っています。

先生のお言葉通りに卒業してからも頑張っています。
と胸を張って言える様に・・・・・。

5回連載になってしまいました。
お付き合い下さり、本当にありがとうございました。




おくむらピアノ教室ホームページはこちらからご覧下さい。

ブログをお読み戴きありがとうございました。
ブログランキングに参加しています。
応援して頂けたらとてもとても嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 下の(ピアノ教室)を押して下さい
にほんブログ村 クラシックブログ ピアノ教室・ピアノ講師へ
にほんブログ村  
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ 上の(ピアノ教室)を押して下さい






2013年 3月12日

前回の記事の続きです。

大学生活を楽しみながら、恩師が提案して下さったように
大学のカリキュラムのレッスンとホームレッスンを何とか
ギリギリの状態でこなしていました。

あの頃はもちろん未だメールなど有りませんでしたので
そうです。明治ではありませんが昭和です。
レッスンのお願いは電話です。
練習不足ながら電話をするのはとても気が重かったです。


そんなある日、ホームレッスンの前日に友人の下宿に
遊びに行き、楽しくて楽しくて時間を忘れ・・・・・・。

早めに帰宅して猛練習してレッスンに備えるはずが
すっかり遅くなり、泊まっていくようなムードに
なって来ました。

母に電話して、事情を話し恩師に体調が悪くてレッスンに
行けなくなってしまったと連絡してほしいと頼んだら
とてもとても怒られてしまいました。
当然ですよね~~。

結局、こういうのはこれが最後よ
と言われて連絡はしてくれたのですが、この一件から
恩師との関係がちょっとギクシャクしたかも知れません。

母は何を話したのでしょうか
母も怒っていたのであまり聞けませんでした。
もちろん、恩師にも聞けませんし・・・・・。
反省の嵐でした。


2年生になると大学でのレッスンが土曜日になり
テニスサークルがあったのでテニスのラケットを持って
レッスン室に行く事になってしまい、おそらく
恩師はあまり良い気持ちでは無かった事と思います。

テニスする時間があるなら練習しなさい。
と言うお気持ちだったかと・・・・・。
はい、仰るとおりです。


更に、2年生の頃からヴァイオリン科の友人の伴奏
引き受ける事になり、卒業までレッスンも試験も
勉めさせて頂きました。

これまた、恩師には言えずにいました。
伴奏の練習する時間があるなら自分の練習をしなさい。
と言うお声が聞こえてきそうです。
はい、仰るとおりです。

今から思えば伴奏もレッスンして戴いていたら
勉強にもなったし、ヴァイオリン科の友人にも
もっと喜んで貰えたかもしれませんね。


学生の本分は勉強すること。

今ならとても良くこの言葉の意味が分ります。

それは今私が心から勉強したいと言う気持ちになっているからです。

今の生活の中で、自分の勉強の時間を捻出するのは
とても大変な事です。

でも、学生時代はその気になればいくらでも自分のための勉強に
時間を費やす事ができた筈です。

そして、勉強するための素晴らしい環境の中で
生活していたのです。

それなのに、あの頃はそんな中で溺れてしまっていたのでしょうか


話は少しそれてしまいましたが、そんなこんなで
私の大学生活は終わりました。

でも、卒業してからが本当の勉強だよ。
と言う恩師のお言葉はずっと私の心に残り、
卒業後、再び恩師の元に伺う事になります。

すみません。今日はここまでにさせて頂きます。




おくむらピアノ教室ホームページはこちらからご覧下さい。

ブログをお読み戴きありがとうございました。
ブログランキングに参加しています。
応援して頂けたらとてもとても嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 下の(ピアノ教室)を押して下さい
にほんブログ村 クラシックブログ ピアノ教室・ピアノ講師へ
にほんブログ村  
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ 上の(ピアノ教室)を押して下さい




2013年 3月10日

昨年10月にこんな記事を書かせて頂いていました。

10月27日:音大時代の恩師と私の35年間のお話その1

10月29日:音大時代の恩師と私の35年間のお話その2


このお話は大学受験の直前に練習しすぎて
腰を痛めて救急車で運ばれて、
その後のレッスンで問題の和音の響きが良くなった
と言うあたりでお話が止まってしまっていました。


ということで、今回はその続きを書かせて頂きます。
35年間のうちの未だ1年も進んでませんものね~~。


恩師のレッスンにひたすら頑張って付いていった私でした。

皆さんが何年も受験校の先生に師事するのに、何と私は
3ヶ月ほどで受験しようとするのですから大変でした。

でも今から思うとあの受験期が一番練習を頑張った
時期だったかと思います。

そして、無事合格する事が出来ました。

音大の試験は4日程続いたように記憶しています。
あの寒い時期の体調管理は神経を使いますよね。

試験当日、自分がどのように演奏したのか
ほとんど覚えていませんでした。
本番で緊張すると言う事がほとんど無かった私だったので
真っ白になった訳ではなかったかと思います。

恩師のお話だと、とてもよい点数だったらしく、
おそらく何も覚えていないのは完全に曲に
入り込んでいたのではとの事で、自分でもとても
驚きました。

以後、そのような演奏が出来た試しはありません。


入学にあたり、恩師からある提案を戴きました。

それは大学のカリキュラムでのレッスン以外に
定期的にホームレッスンをして下さると言う
とてもあり難いお話でした。

3ヶ月で全力で頑張った私に期待してくださり、きちんと
基礎からみっちりレッスンして下さろうとしたのだと思います。


ところが

私はその期待を裏切ってしまいました。

チャラチャラ女子大生になってしまいました。

せっかく良い環境で良い先生に恵まれたのに
以前のあまり努力しないで何とかこなす自分に
戻り始めていました。

そして、恩師との関係もちょっと・・・・・

駄目ですね。まずいですね。

あ~~。今日はここまでにさせて頂きます。




おくむらピアノ教室ホームページはこちらからご覧下さい。

ブログをお読み戴きありがとうございました。
ブログランキングに参加しています。
応援して頂けたらとてもとても嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 下の(ピアノ教室)を押して下さい
にほんブログ村 クラシックブログ ピアノ教室・ピアノ講師へ
にほんブログ村  
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ 上の(ピアノ教室)を押して下さい






2012年10月29日

前回の記事~練習のし過ぎで腰を痛めて救急搬送
についてのお話からスタートさせて頂きます。

私の試験曲は

ベートーベン作曲の“ワルトシュタインソナタ第1楽章”でした。

12102901.jpg



入試直前の大晦日のレッスンでは、特に出だしの和音の響き
ついてかなり細かく指摘されましたが、なかなか思うような
音色にたどり着けず、すっきりしないままに帰宅したように
記憶しています。
大晦日にレッスンに伺うのですからかなり切羽詰っていましたよね~。

出だしの4音から出来ている和音の響きは、当然の事ながら
ソプラノの音を 際立たせ、バスで和音を支え、内声の2音は
抑えるのですが、そのバランスが 本当に難しく・・・・。

恩師の意図する音になっていないのはもちろんですが、
自分でも納得できる 音にはならず、
悶々としたままの帰宅でした。

すぐさま、ピアノに向かい、おそらくこの出だしだけを1時間ぐらいは
練習したかと思います。

椅子はいつも通り中央に置いたまま、この低音域を
長時間練習したわけです。
何となく嫌な予感がしますよね~~。

その後、食事をして入浴して・・・・・。

その時です。

う~~~ 痛い  動けない

お風呂から出てすぐ、腰が強烈な痛みにおそわれ
ソファに横たわったまま動けなくなってしまいました。

痛みに弱い私は、常日頃から騒ぎが大きいので、この時も
両親はあまり取り合わず・・・・でしたが、あまりにも長く
痛みが続き、更に体が震えだしたのでさすがに心配になり、
救急車を呼びました。

ご近所の方も驚いて集まってきて、動けない私は皆さんの見守る中
担架で運ばれる事に。
情けないやら、恥ずかしいやら・・・・・。

大晦日のため、所沢の病院は何処も受け付けてくれず、隣の市の病院に
運ばれました。

交通事故ですか ?

いえ、腰が痛いそうです。

患者は ?

若い女性です。

こんな会話が聞こえます。
意識はしっかりしていますからね~。

取り敢えず入院という事になり、病室に運ばれました。

親が入院の手続きに行った後、一人残された私はトイレに
行きたくなり

体を起こしてみたら起きられました。
更に立ち上がる事も出来ました。
そして何と歩けてしまいました。
そして、無事にトイレに行って来てしまいました。

その後、色々検査をしましたが、特に異常は無く、おそらく急激に
筋を傷めたのだろうと言う診断でした。

取り敢えず元気になりましたが、お正月の間は退院の許可が出ず、
3日間、病院で過ごす事になってしまいました。

この時ほど、練習したい と思った事はありません。

例のあの和音が気になったままなのですから・・・・。

然しながら、この休養が私にとっては大切な事だったようです。

お正月明けに、練習不足ながらこわごわレッスンに行くと、
何と例の和音が良い響きになっていると褒めて戴けたのです。

ピアノから少し距離をおいてリラックス出来た事がかえってよい結果を
もたらしたのかも知れません。

入院前の私は、恩師の期待に応えるべく、精神的にも肉体的にも
かなり煮詰まっていました。

この一件で学んだのは、
練習しすぎに注意。
煮詰まる前に力を抜く。

そして、この事を学ぶきっかけを作ってくれたのはやはり
恩師だったのだと思います。

またまた長くなってしまいました。
今日はここまでにさせて頂きます。



おくむらピアノ教室ホームページはこちらからご覧下さい。

ブログをお読み戴きありがとうございました。
ブログランキングに参加しています。
応援して頂けたらとてもとても嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 下の(ピアノ教室)を押して下さい
にほんブログ村 クラシックブログ ピアノ教室・ピアノ講師へ
にほんブログ村  
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ 上の(ピアノ教室)を押して下さい





おくむらピアノ教室

Author:おくむらピアノ教室
埼玉県所沢市でピアノ教室を
開いています。
レッスンに来てくれた生徒の
皆さんがニコニコ笑顔に
なれるようなお教室を
目指しています。
レッスンでの出来事、日常で
感じた事などを
綴っています。